エクスプローラーズクラブの冒険

エクスプローラーズクラブでの冒険について、当事者たちが綴るブログです。

さよなら、カタリーナ海峡

2018年4月28日夜。酪農家は緊張していた。

カタリーナチーム6名と、ヨット部メンバーによるミーティングが行われた。議題は「5月7日に迫ったカタリーナ海峡決行について」だ。サポート艇に関しては「一艇確保できるかもしれない」という情報があった。

決めることはひとつ。

3名×2挺の6名体制でいくか、3名の1挺でいくか。

4月28日の夜、いろいろな条件を話していて「3名を選抜して決行する」という案におおきく話が傾き、選抜されることになった。

そのときまでに手を挙げていたメンバーは以下の6人だ。

・ノブさん:ヨットの経験はもっとも豊富。スキッパー(かじ取り)がうまい。グループのリーダー。
21歳:若いが、福岡・沖縄と飛び回り、練習を積んできた。ノブさんに次いで操船がうまい。
・クララ:英語が話せ、初期のヨット確保などに貢献した。
アマカワアメリカでの宿の手配など、プロジェクト後半で活躍をみせ始めた。
・ユリエ:操船がうまくない。グループの連絡用チャットへも出てこない。すぐ落ち込む。
・酪農家:操船がうまくない。ほとんど何もできない。

このなかから、3人が選ばれることになった。リーダーであるノブさんがメンバーを選んで行く。ノブさんは誰が見ても確定だった。あと2名。校長先生のようなノブさんは、その下手なジョークは封印して毅然として決める

最初に名前をあげられたのが、21歳。ショウタロウは、この一ヶ月で操船が格段にうまくなった。スキッパー・クルーのどちらもできる。ノブさんが疲れたとき、スキッパーの交代要因としてもカウントできた。

この選択は当たり前に思えた。カタリーナ海峡横断に挑戦できるのは、3名。あとひとり。

酪農家は、このとき、会社へ「カタリーナ海峡横断するので、休ませてください」と伝えて、無理やり一週間休みをもらっていた。東京のリベラルな会社とは異なり、山形のオーナー企業の会社だ。一日休むことでさえ渋い顔をされる。

頭を下げて、やっとやっと一週間の休みをもらっていた。

しかも「絶対カタリーナ海峡を渡ります」と仕事場でいい続けていた。毎日、毎日。その都度「お前ができるわけないだろ、わかったから仕事しろ」と笑われ続けた。だからこそここで外されれば、会社では「それみたことか」と笑いモノにされるのは必須であり、必ず残りたかった。渡ることができなければ、また、いつもの自分だ。酪農家のそんな思いとは関係なく、決断は下される。

ノブさんが次に呼んだ名前は、アマカワ。

落選した。そして、食い下がることもなかった。深夜2時を回っていた。

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エクスプローラーズクラブ『オーシャンズセブン』

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text by カルア
edit by @explore03862063