エクスプローラーズクラブの冒険

エクスプローラーズクラブでの冒険について、当事者たちが綴るブログです。

海に出るまえにすでに寒い

 
2月上旬、真冬の芦屋のヨットハーバー。ヨットの艤装中だ。ハーバーにはヨットが、すぐに乗れる形で置いてあるわけではない。帆を張り、ロープ類を付けて、通して、と、一つ一つの部品を取り付けていかねばならない。それを艤装という。
 
アマカワはいま、ヨットに張る2枚の帆の中で、いちばん大きい帆「メインセール」につける、真っ黒い半沈ボールという、めいっぱいの空気が中に入ったゴムボールの取り付け作業中だ。基本的にヨットに何かを取り付ける時には、すべてを紐で結びつける。アマカワは早速予習してきた「もやい結び」を実践する、が、なぜかうまくいかない。
 
もやい結びは、はじめての人にはなかなか珍しい結び方である。覚えてしまえば簡単だが、人によっては覚えるのに苦労する。アマカワの手は震えていた。いや、全身が震えていた。
 
なかなかうまくもやえない(もやい結びができない)。
 
準備はバッチリのはずである。そうこうしている間に、遅れて到着予定だった2人のメンバーがやってきた。
 
「おー、おはよう!」
 
カワムラが元気よく2人に声をかけた。
 
「おはようございます!」
「おはよう!」
 
アマカワと同じく愛知から参加のムラカミ。恰幅のよい身体をした、大阪地区のノブさん。どちらも、のちに世界の海峡を渡ることになる未来のオーシャンズだ。
 
「ああ、ムラカミ、ちょっとアマカワ君、見てあげて」
「ん? ああ、はい」
 
カワムラは、慣れた手つきでもう一艇のヨットの艤装を進めている。今日は2艇で海に出る予定である。ムラカミはびっくりした。
 
「どうした!? アマカワくん、震えてるぞ!」
「ああ、はい・・」
 
アマカワは必死だ。必至に半沈ボールをもやっている。いっこうに結ばれないが。結ばれないのは恋だけじゃないのか。
 
「ウインドブレーカーは!? なんで着てないの? 忘れた?」
「いや、あるっちゃあるんだけど・・」
 
歯切れ悪く答える。「あー、ちょっと水含んじゃうやつだったからね」カワムラが代弁した。「あー、そうなんですか? いやでも、艤装の時だけでも着なよ。めちゃ震えてるよ。一回更衣室に戻って着てきな」
 
「わかった」
 
アマカワは一安心したように答えて走っていった。艤装の時だけいいから着たかったのである。ダメだと勝手に思い込んでいたが。数分して戻ってきたアマカワを見て、ムラカミとノブさんはなんとも言えない顔をする。「あー、これはダメだね。沈した時あぶないわ」ムラカミがアマカワのダウンジャケットを触りながら言った。
 
「準備不足だったね。準備スレッドの文章は見なかった?」ノブさんが慣れた手つきで艤装を進めながら聞いた。今日の乗船会はfacebookのスレッドで告知されている。準備物もそこにあらかた書いてある。
 
「いや、見て、ウインドブレーカーってあったんで、風を防げるものであれば、大丈夫だと思って・・」
「あー、そういうことか」
 
ムラカミが困ったように言った。「一応、確認しておくべきだったね」ノブさんが、ムラカミとアマカワの両方を見て言った。ノブさんは、そうだな、小学校の校長先生のような不思議な威厳と優しさがある。
 
「それも、フォロー不足だったってことですね」
 
ムラカミが言った。というか、ウインドブレーカーを間違えるのは、間違いなくアマカワくらいのものだろう。でもそんなことは関係ない。非は内にあり。すべてを自分の責任と考える。それがクラブで教えられる思考だ。
 
「まだシゲルさんは向かっている最中だから、途中で買ってきて貰うように頼もうか」
 
ノブさんがムラカミに向かって言った。シゲルは神戸から向かっているところだった。
 
「あー、ですね。さすがに、無しで行くのはキツすぎる」
「とりあえず、艤装を進めよう。アマカワ君、半沈ボールの続き、できるかな?」
「あっ、はい・・」
「アマカワ君、もやい結びの動画は見てきた?」
 
苦戦するアマカワを見て、ムラカミは口を挟む
 
「見てきましたけど、なんでかうまく行かなくて」
「動画とは少しだけ違うからね」
 
そう言ってムラカミはアマカワに教えながら、半沈ボールを結びつけた。艤装は半沈ボールだけではない。沢山の作業をノブさんとムラカミの2人で進めていく。アマカワに教えながら。ヨットの艤装は、ノブさん曰く、とても原始的だ。本当に、こんなので大丈夫なのかと思うほどに。
 
「さ、ブームをつけようか」
 
ヨットの一番大きな帆「メインセール」をつけるには、まずはブームと呼ばれる、全長2メートル程の重い鉄棒を、マストに取り付けなければならない。マストとは、ヨット船体の上にそびえ立つ、ヨットの2枚の帆を支える鉄棒である
 
これがまた、とても重い。
 
ブームの先端には穴が空いている。その穴に、マストから突き出ている3センチほどの細長い突起を差し込んで、固定する。「この穴にこれを刺す。男はみんな、刺すのが大好きだろう」ノブさんが茶化して言った。
 
「ちなみにこういうノリは、アマカワ君は大丈夫かな?」
「はあ・・、大丈夫です」
「ヨット部って基本こういうノリだから」
 
ムラカミが笑って言った。必ずしもその限りではない、多分。そしてノブさんは校長先生にしか見えなくて、校長先生のそんなコメントは本人が思っているほど面白くないんだよな、アマカワはそう思っていた。