エクスプローラーズクラブの冒険

エクスプローラーズクラブでの冒険について、当事者たちが綴るブログです。

女神降臨

パシャパシャパシャ!

2015年2月22日、何回目かの『人生を愉しむシンポジウム』でカメラマンを担当していた彼女は、ステージに立ってスポットライトを浴びている赤いジャケットの8人の女性たちを夢中で撮っていた。

この女性たちは、2月3日に沖縄・慶良間諸島ディンギーヨットで横断したばかり。女性ばかりのチームだった。横断の様子は、当日写真でリアルタイムで公開されていて、彼女はその様子を他人ごととして見ていた。総距離は60kmにおよび、7時間以上の航海。ヨット専門誌にも特集が組まれ、彼女たちの冒険のラストには「クジラがヨットに挨拶に来る」というサプライズまで生まれた。

この企画は突如発表された。たしか、12月に発表だったのではないだろうか。そこから2ヶ月ちょっとで渡る。このときまでにEXPCヨット部は、ドーバー海峡津軽海峡を制覇していた。ぼくはこのチームの練習にさんざん付き合った。8人もの女性がディンギーを操る。そこにはサポートチームも含めて壮絶な努力があった。ひとりのメンバーは大阪で看護師をしていた。夜勤明けで新幹線に乗り、葉山まで来る。終日練習をしてそのまま新幹線で帰り、病院に向かう。看護師以外にもそんな女性は多かった。練習は平日・土日を問わず「来ることができる人がいれば開催」となった。部長とぼくは交代で練習につきっきりになる。

彼女の話に戻そう。他人(ひと)ごと。

そうだったはずが、ステージ上の8名の女性のオーラは、他のすべてのメンバーを圧倒していた。すくなくとも彼女にはそう見えていた。彼女はステージに釘付けになる。そのなかでも、ひとりの女性に目が行った。もともと顔立ちが良くてカッコいいなと思っていたミホさん。ステージに立っているミホさんは目が輝いていて、さらに美しくなっていた。ジャーナリストとして徹夜勤務も含めて激務をこなしながらミホさんは、この沖縄・慶良間という偉業をやってのけた。

化粧もほぼしない。人に興味がない。欲も夢もなかった彼女のなかで「沸き起こるものがあった」という。

彼女は地元九州へ戻り、クラブの仲間をランチという名目で呼び出し、「オーシャンズセブンプロジェクトに手を挙げよう!」と2時間以上かけて誘っていた。それまでヨットに乗ったのは葉山での一度きり。座っていただけ。海は怖いし、泳ぎもうまいわけではないけど、そんなことは忘れていた。

シンポジウムに参加した2月22日から、彼女の冒険家人生がスタートしていた。

ノース海峡・クック海峡を同日に横断しようというプロジェクトが、シンポジウムで発表された。彼女は、九州でなかば強引に仲間を口説き、そのプロジェクトに名乗りをあげる。

しかし、このプロジェクトは部長から中止を宣告された。

中止になった理由は、たくさんある。発する言葉、行動、チームアップ、もろもろ。そのチャレンジの様子は、いま振り返ると笑えるくらい酷いものだったが、そのせいか、その後クラブでもしばらく「海峡横断」という言葉は見られなくなった。ヨット部は停滞した。

それでも諦めきれないでいた彼女は、その一年後、ジブラルタル海峡縦断プロジェクトが発表された瞬間に、手を挙げた。彼女にとっては必然の機会であり、部長にとっては決意の発表であった。EXPCヨット部は、ドーバー津軽をクリアしたあとに、実に2年もの間、次の海峡横断チームを結成しては「本番に至らずチーム解散」という事態を繰り返していた。

欧州からアフリカ大陸へ。のちに彼女は「海峡の女神」と呼ばれる。

 

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